Alice in Clocktower
―― 最近、彼女の好きなこと。 夢の遊園地。 楽しい楽しい遊園地・・・・の一角、レールを軋ませる車体の音が一際賑やかな一角に青い顔で椅子に沈み込んでいる男が一人。 遊園地の中でも最も興奮する乗り物、ジェットコースターの脇で今にも死にそうな顔をしているというのは珍しくないが、男は少しばかりこの世界でも特殊な人間だった。 「・・・・ユリウス、大丈夫?」 青い顔をした男 ―― ユリウス・モンレーに隣に座っていたスカイブルーのエプロンドレスの少女が声をかける。 が、しかし言葉通りに取るには少女、アリスの表情は少々難のあるものだった。 「・・・・・・・・・・楽しそうだな。」 「え?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・惚けた声を出すな。」 「えーっと、あはは。」 地を這うようなユリウスの声にアリスは笑って誤魔化した。 ちなみに、その笑顔は元々だ。 というより、青い顔をしたユリウスの隣に最初から笑顔のアリスがいたのだ。 その事にもちろん気がついていたユリウスの責めるような視線からわざとらしく目を反らしてアリスは言った。 「まったく、そんなに苦手なら一緒に乗らなくてもいいっていつも言ってるでしょ?」 ガーーーーーーーー「・・・・苦手じゃない。」ーーーーーーーーー!! ユリウスの完全なる強がりを無情にもレールを車体が駆け抜ける音がかき消していく。 忌々しそうにジェットコースターを睨み付けるユリウスの隣で、アリスは緩みそうになる口許をなんとか押さえていた。 「ふん、そういう割に楽しそうじゃないか。」 少しは復活してきたのか、変な間がなくなったユリウスに睨まれてアリスはバツが悪そうに笑った。 「だって、ねえ」 (可愛いんだもの。) 賢明にもアリスは続く言葉を口に出すのはやめておいた。 口に出した日にはどんな冷たい視線と皮肉な言葉が返ってくるかわからないからだ。 まかり間違っても『君の方が可愛いよ』なんていう歯が浮く上に思わずアリスがぐーで殴り飛ばしたくなるようなセリフを言う男ではない。 (・・・・言ったら殴るより先に逃げ出すかもしれないけど。なんせ皮肉やで偏屈が売りなんだから。) それがユリウス・モンレーという男。 ハートの国、唯一の時計屋にしてアリスの恋人だ。 ちなみに、ハートの城の女王様には「あんなのを恋人に持つなど、おかしいとしか思えん。」と太鼓判を押された。 その時の事を思い出しちょっと口許に苦笑を乗せて、アリスはユリウスを見た。 眉間に皺を寄せて、俯いている姿は恐ろしく遊園地という場所にはそぐわないし、そもそも燦々と陽ざしの降り注ぐ屋外に彼がいることすら間違いのような気がするほどの違和感がある。 ムスッとした口許は不機嫌そうにしているようにしかみえない。 ・・・・けれど。 「ユリウス。」 「なんだ?」 「別に私、一緒に遊園地を楽しんでくる人が好きなわけじゃないわよ?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 すましたアリスの言葉に帰ってくる沈黙は無言の肯定。 (やっぱり遊園地を一緒に楽しめる男の方がいいんじゃないか、って考えてたのね。) ユリウスがジェットコースターも遊園地も苦手なことを知っていて、それでも遊園地に来たアリスを責めるわけではなく一緒に楽しんでやれない自分を卑下する・・・・それがアリスの知っているユリウスで。 「あー、もう」 ため息をつくとユリウスから放出されている空気が一段重くなる。 それさえも。 (ほんっとに可愛いんだから。) こんな顔を見られるからついついユリウスがついてくるのを承知でジェットコースターに乗りに来てしまうと知ったら、ユリウスはどんな顔をするだろう。 (盛大に顔をしかめることだけは間違いないわね。) その上、辛辣な嫌味の一つや二つや三つや四つ飛んでくるかも知れない。 ・・・・でも、きっと次からもユリウスはジェットコースターに乗りに来るアリスについてくるだろう。 緩やかに呆れ顔を笑顔にすり替えて、アリスはそっと身を乗り出した。 「ユリウス」 「なん・・・・っ!」 振り返ったその唇に、羽根のようなキスを一つ。 「ア、リス!」 驚いたように目をしばたかせるユリウスに、アリスは満足そうに笑ったのだった。 ―― 最近、彼女の好きなこと。 それはちょっぴり彼を困らせること ―― ―― 最近、彼が好きなこと。 「ねえ、ユリウス?」 「なんだ?」 「・・・・落ち着かないんだけど?」 不満そうに、というか戸惑ったようにそう言うアリスに、ユリウスは軽く鼻をならした。 「別に邪魔はしていないだろう?」 「それは、まあ・・・・」 確かに邪魔はしていない。 なにせアリスがいるのはユリウスの部屋のはじっこにあるソファーで、ユリウスがいるのはそこから少し離れた仕事机だ。 触っても居なければ話しかけてもいない。 ただ見ていただけだ。 ただ、見ていただけ。 「・・・・・・・・・・・・」 気を取り直したようにアリスは今まで読んでいた本に目を戻す。 ユリウスはなんとはなしにその姿をなぞった。 柔らかい薄茶の髪、意外と涼しげな目元、形のいい耳、顔のライン、唇・・・・・。 と、思ったらアリスがパタンッと本を閉じてユリウスの方を向いた。 「だから!なんで見てるのよ!」 怒ったように声を尖らせて。 けれど。 「ふっ」 「・・・・なんで笑うのよ。」 言い返したものの、さっきと勢いの違うアリスにユリウスは口の端をあげる。 「わかっているみたいじゃないか、笑われた理由は。」 「笑ったの?」 「バカにしたわけじゃない。」 睨まれてユリウスは肩を竦める。 (好きな女が自分の行動に照れて赤くなっているのにバカにする男がいるか。) なんて、心の内で呟いた言葉は声にはせずにユリウスは机から立ち上がった。 手にしていた時計の修理はまた明日だ。 どっちみち、これから先はしばらく仕事になどならない。 ユリウスはゆっくりアリスに近づくとそっと手を伸ばす。 最初は髪に。 そして確かめるように目元に触れて、耳に髪を掻き上げて、顎のラインをなぞる。 「・・・・なぜ、見ていたかと聞いたな?」 「え?」 唐突なセリフにアリスがきょとんとする。 その顎を仰向かせて、ユリウスは珍しく悪戯っぽく笑った。 「こういう事だ。」 囁いてアリスが何か言う前にその唇を塞いでしまう。 さっきまで見つめていた唇にキスをして。 ユリウスは心の中でこっそり付け足したのだった。 (少しは私に構え・・・・などと絶対言わんからな。) ―― 最近、彼が好きなこと。 彼女の頭を自分で一杯にすること ―― 〜 END 〜 |